炎上よりも怖い、「無関心」と向き合う技術
炎上は怖くない。本当に怖いのは、誰にも気づかれないこと。
一番しんどい瞬間。
いつだと思いますか。
批判された時。炎上した時。
頑張ったのに、
うまくいかなかった時。
どんな時でしょうか。
私にとって一番しんどいのは、
無反応だった時です。
どれだけ考えて書いても、
どれだけ時間をかけて届けても、
何も返ってこない。
まるで、誰もいない場所で、
ひとり声を出しているような感覚になる。
発信を続けるうえで
本当に向き合うべきなのは、
批判よりも、炎上よりも、
この「無関心」だと思っています。
今日は、無関心とどう向き合うのか。
そして、
言葉をちゃんと届けるために、
何を考えるべきなのか。
そんな話をしていきます。
毎日、10万人に無視されている現実
私は実務で毎日、
約15万人の方に向けて文章を届けています。
メールを開封してくださる方が
15〜30%だとすると、
開いてくれるのは約2万〜4万5,000人。
裏を返せば、
少なくとも10万人は、
私が書いたものを
開きもせずスルーしている計算になります。
10万通の「スルー」
これが毎日です。
この数字を聞いて、
「無視する人多くない!?」
と思う方もいるかもしれません。
実際にWebの世界には、こんな法則があります。
「見ない、読まない、信じない」
広告やマーケティングの世界で
古くから言われている、読者の3つの壁です。
そもそも人は、
あなたの文章を見ない。
見たとしても読まない。
読んだとしても信じない。
逆にこの壁を突破するために、
件名を考えたり、
冒頭の入り方を工夫したり、
権威性や実績を伝えたり、
読みやすい構成を作るわけです。
こうやって、
一つひとつ壁を越えるために、
文章を設計していきます。
この前提を知ると、
「反応をもらう」ということが、
どれだけすごいことなのかが見えてきます。
具体的に計算してみると、
例えば….15万人にメールを送るとします。
まず開封してくれるのが
15〜30%だから、約2万〜4万5,000人。
ここで最初のふるいです。
10万人以上が、
件名すら見ずに消えていく。
次に、開封してくれた人の中から、
リンクをクリックしてくれる人が、
全体の5〜10%
5,000〜10,000人でしょうか。
そこからさらに、
返信をくれる、
何かしらの反応をしてくれる人は、
大体3〜7%
50〜300人くらいですね。
単純なざっくり計算ですが、
こうやって見ていくと、
見てくれている人がいる。
それだけで、
実は奇跡みたいなものなんです。
炎上は「届いてほしくない人に届く」から起こる
その奇跡の裏側で、
ひとつ厄介な現象が起こります。
それが、炎上です。
炎上と聞くと、
「怖いもの」
「避けるべきもの」
という印象を持つと思います。
もちろん、
できることなら避けたいのは事実。
でも、
炎上が起こるメカニズム自体は、
実はとてもシンプルです。
それは、
届いてほしくない人に届いてしまうこと。
あなたのことを知っている人。
普段から文章を読んでくれている人。
あなたの考え方や、
言葉の温度感を知っている人。
そういう人たちは、
多少の言い回しのミスや、
表現のズレがあったとしても、
「この人が言いたいのは、きっとこういうことだろう」
と、文脈を汲み取ってくれます。
つまり、
言葉そのものだけではなく、
届ける人がどんな人なのか。
理解していれば、
炎上ということは起こらないんです。
ただ、
初めてあなたの内容に触れた人は違います。
その人にとっては、
あなたがどんな背景で発信しているのか。
普段どんな価値観で言葉を選んでいるのか。
どんな読者に向けて書いているのか。
そういったことは、知りません。
だから、
たった意図しない形で、
文章の一文だけが切り取られ、
本来とは違う意味で
受け取られることがあるわけです。
発信が広がるということは、
たくさんの人に届く可能性が増える
一方で、
文脈を理解していない人にも
届く可能性があること。
ここを理解していないと…
そもそも炎上が怖いとか。
「なぜ、そんな受け取られ方をするのか」
と自分がすり減ってしまうわけです。
でも逆に言えば、
炎上を過度に恐れる必要もありません。
大切なのは、
誰に向けて書いているのかを
明確にすること。
そして、
広がったときに誤解されやすい
表現がないかを、一歩引いて見直すこと。
発信は、
たくさんの人に届けば届くほど、
自分の意図だけでは
コントロールできなくなります。
だからこそ、
言葉を届ける前に、
「これは、文脈を知らない人にも伝わるだろうか?」
この視点が必要になります。
「いいバズ」と「悪いバズ」
ただ、炎上をせずに拡散をさせる科学。
そんな意図的にバズを生む人もいます。
トレンドの逆張りをしたり、
あえて常識に反する意見をぶつけたり。
大衆心理を動かすテクニックとしては、
確かに有効です。
私自身は好きなやり方ではありませんが、
それが力を持つことは認めます。
ただ、バズにも質の違いがあります。
私目線では、いいバスと悪いバスがあると考えています。
いいバズは、賛否を生むバズです。
「確かにそうかも」
「いや、自分はこう思う」
と議論が生まれるイメージですね。
読んだ人が自分の頭で考え始めるわけです。
これは健全な広がり方です。
むしろこうやって
広がっていく商品は、
結構売り上げを作れたりします。
一方で…
悪いバズは、
ただ注目を集めるためのバズです。
このあたりはなんとなくわかると思います。
迷惑行為や過激な
言動で人の目を引く。
一時的に数字は伸びますが、
残るのは信頼の消耗だけです。
もちろん注目していただくので、炎上も生まれる可能性はあります。
ただ、私の中で
これ以上にきついものがあるんです。
それが….
無関心が一番きつい。
私の中で一番きついのが、
やっぱり無関心です。
バズも炎上も、少なくとも
「誰かの目に止まった」という事実があります。
しかし、
無関心には、
その反応すらありません。
炎上よりも無関心がしんどいのか。
理由は大きく2つあります。
ひとつは、精神面。
反応がないというのは、
透明人間になるのと似ています。
自分が存在しないかのように
扱われる感覚です。
批判であっても、
そこには「あなたの存在を認識している」
という前提があります。
怒りも、失望も、
関心があるからこそ生まれる感情です。
でも無反応には、それすらない。
自分がここにいることを、
誰にも気づいてもらえない。
これが毎日続くと、
少しずつ心が擦り減っていきます。
もうひとつは、改善ができないこと。
批判されたなら、
何が悪かったのか手がかりがあります。
炎上したなら、
どの表現が刺さったのか分析できます。
でも無反応には、
手がかりがゼロです。
何が良くて、何が悪かったのか。
そもそも届いていたのか。
何も分からないまま、
次の一手を打たなければならない。
霧の中を手探りで歩いているような感覚です。
だからまずは反応を生む必要がある
そのためにはまず、
ちゃんと反応をしてもらう必要があるんです。
ちょっと残酷なことを言います。
やっぱり八方美人の発信は、誰にも届きません。
みんなに
「なんとなくいい」と思われる発信は、
結局誰にも刺さらない。
全員に好かれようとすると、
角が取れて、丸くなって、
最終的には誰にも
引っかからない文章になります。
それは無関心を
自分から招いているのと同じです。
私は実務で、
人をプロデュースする立場でもあります。
その中で、
いつも大切にしていることがあります。
それは、
「どんなスタンスで発信するのか」
ということです。
この人がどんな発信をすると、
世の中から受け入れやすくなるのか。
どうやって伝えていくのかを
磨いていきます。
例えば….
尖った言葉で踏み込むのか。
あえて柔らかく伝えるのか。
どんな価値観を大切にしているのか。
何に違和感を持ち、何を信じているのか。
表面的な
言葉だけを整えても、
発信する人の中にある”核”が
見えていなければ、薄くなってしまいます。
だから私はまず、
その人の中にある「核」を見つけ、
その核をどう伝えれば、
届けたい人に受け取ってもらえるのかを考えます。
ここで大切なのは、
ただ分かりやすくすることではありません。
誰に届けるのか。
そして、
誰には届けなくていいのか。
その線引きを決めることです。
つまりは….
絶対に届けたい人と、
絶対に届けたくない人を
必ず明確にします。
要するに、
メールやコンテンツを作るときは、
「この人には、きっと開かれない」
「この人には、たぶん刺さらない」
という相手を、
最初から決めてしまうんです。
これは冷たく聞こえるかもしれません。
でも、
誰にも嫌われない言葉は、
誰の記憶にも残らないからです。
届けたい人の
輪郭をはっきりさせるには、
その裏側にいる人を
想像する必要があります。
「この人には違うと思われるだろうな」
「この人には少し強く感じられるだろうな」
「でも、あの人にはきっと届くはずだ」
そうやって考えた時に、
はじめて言葉に輪郭が生まれます。
反応を生む発信とは、
ただ目立つ発信ではありません。
誰に届けるのか。
誰には届かなくていいのか。
その線引きがある発信です。
そして、
その線引きこそが、
無反応から抜け出すための
最初の一歩だと思っています。
ラブレターは、届けたい人がいるから書ける
別の投稿で「記事は手紙」だと、
お伝えしたことがありますが、
さらに踏み込むと….
発信はラブレターに似ていると思います。
届けたい相手が見えていれば、
言葉の選び方が変わり、
構成が変わって熱量が変わるから。
だって
黒髪のショートヘアの女性に、
「あなたの金色の長い髪が好きです」と
伝えても意味がないですよね。
どれだけ美しい言葉を並べても、
相手を見ていないラブレターは届かない。
発信も同じだと思います。
顧客理解が大事だと言われると、
なんだかビジネス的で
冷たく聞こえるかもしれません。
でも、ここはやっぱり重要です。
「この人に届けたい」
という相手が見えていれば、
たとえ10万人に無視されても、
その1人の反応で救われる。
逆に、
誰に届けたいのかが
曖昧なまま書き続けると、
無反応の重さに
押しつぶされてしまう。
自分のために。
そして、届けたい誰かのために。
嫌われる勇気を持つこと。
全員に届けようとしないこと。
それが、
無関心という
一番しんどい敵と向き合うための、
確かな方法だと思っています。
もちろん、
力を入れて書いた記事なら、
十人より百人に読まれた方がいいですし、
反応をもらえた方がいい。
それは紛れもない事実です。
それでも最近気づいたことがあるんです。
今読んでいただいている
Substackのこの記事は、
無数にある中から、辿り着いて
もらっているわけです。
タイムラインに流れてきて、
タイトルが目に止まって、
開いて、
ここまでスクロールしてくれている。
もしかしたらちゃんと、
探して読みにきてもらったかもしれない。
だからその一つひとつが、
当たり前じゃないと私は思っています。
そう考えると、
いいね1つもらえるだけでも、
奇跡だと思った方が
いいんじゃないかなって、
思ったりするんです。
リスタックの方が拡散力があるとか、
コメントを残してもらう方がいいとか。
アルゴリズム的にも
色々あると思います。
が….
正直なところ、
ちょっとした反応を
もらえるだけで
十分だと思っています。
だって、
私の場合は毎日10万通の
「既読スルー」されているんですから。
その中で、
誰かが読んでくれる。
誰かが反応してくれる。
誰かが、
「これは自分のことかもしれない」
と思ってくれる。
それだけで、
書き手にとっては本当に救いになります。
だから、
発信する側はまず、
「誰から反応をもらいたいのか」を決めること。
誰に届けたいのか。
誰の心に残れば、それで十分なのか。
ちゃんと決めてから、
言葉を届けること。
そして、受け取る側も、
少しだけ覚えておいてほしいことが、
1つあります。
何気なく押す「いいね」のひとつ。
短く残してくれるコメントのひとつ。
そっと届けてくれるリスタックのひとつ。
その小さな反応が、
書き手にとっては、
次の文章を書く力になるということ。
そうやって、
書き手と読み手が少しずつ関係を作っていく。
少なくともこのSubstackという場所では、
「無関心」は少しずつなくなっていく。
私は、そう信じて書き続けたいなと
思っています。
もし読んでみていいと思ったら、
ぜひコメント、リスタックを
していただけると嬉しいです。
今後の励みになります。
最後までご確認いただき、
ありがとうございました!
※購読者限定※
今後は、
Substackの記事だけでは
書ききれない。
非言語で受け継がれる、
マーケの思考・考え方をお届けします。
記事とは別の形で、
届けていくためにただいま準備中
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ラブレターは、届けたい人がいるから書ける、素敵な表現ですね。
受け取りました✨