数値に宿る「魔力」と、まだ見ぬ記事を求めて。
ランキングに載った記事も、ランキングの外側にある記事も、まだ見ぬ記事に出会うために、
数値のことについて、
最近よく考えます。
数字が持つ意味、
数字が人に与える影響、
そして….
その数字の裏側にあるもの。
きっかけは、
Substack番付でした。
毎日更新される、
注目記事を集めたサイト。
並んでいる記事はどれも素晴らしく、
多くの人に読まれ、
共感を集めたものばかり。
載っている方々の実力は、
疑いようのないものだと思います。
でも、ひとつだけ
引っかかったことがありました。
それは
最初から番付に載っている人と、
載っていない人がいたこと。
番付サイトには、
推薦という制度があって、
誰かが推薦をしないと
載ることができないみたいでした。
だから順位は、
その「載っている人たち」の
中だけで決められていたこと。
番付に載っていること
自体は素晴らしいことです。
たくさんの人に
読まれてきた結果ですから。
でも、
そのランキングという枠の外にも素敵な、
記事はたくさんあったはずです。
読まれる機会さえあれば、
もっと多くの人の心に
届いたかもしれない
記事があったのでは…。
そのとき、ふと思ったんです。
このランキングは、
誰のために、
なんのためにあるんだろう、と。
もちろん、
番付そのものを
否定したいわけではありません。
ランキングには
ランキングの役割があり、
それはひとつの「使い方」です。
ただ、
感じた小さな違和感が、
「数値」というものについて
改めて考えるきっかけになりました。
数値に宿る「魔力」
ランキングという数値には、
ちょっとした魔力があると思っています。
なぜなら、
そこには「権威」が宿るからです。
「◯◯ランキング1位」
「◯◯連続トップ10入り」
そう聞くだけで、なんだかすごそう。
中身を読む前から、
つい信頼してしまう。
「すごい人が言っているから正しいだろう」
「みんなが選んでいるから間違いないだろう」
私も含めて、
人は権威に弱い生き物です。
たとえば、
ランキングに載った人と、
ランキングに載らなかった人が
同じ記事を書いたとしても、
評価されるのは”ランキングに載った人”
数字が大きいというだけで、
安心してしまう可能性がある。
これは感覚だけの話ではなく、
人間の心理としても、
ある程度自然な反応なのだと思います。
もちろん、
数値を使うこと自体は決して
悪いことではありません。
健全に活用すれば、
大きな爆発力を生みます。
その数値によって、
気づいていなかった人に
気づいてもらうことができる。
数字が「橋」になる瞬間です。
いいものを知らなかった人へ届ける。
正しく使えば、
健全に伝えることができる。
「これいいな」と
思ってもらえるきっかけを作ってくれる。
ランキングが本来持っている力は、
そこにあるのだと思います。
だから、
権威そのものが悪いのではありません。
問題は、
その権威をどう扱うか….です。
「切り取り方」ひとつで、見え方は変わる
ただ一方で、
数値の魔力には少し怖さもあります。
それは…
「意図的に作り出した数値」や
「一部を切り取った数値」が、
中身以上に
大きく見えてしまうことがあるからです。
たとえば、
ある一日だけのアクセス数。
ある一瞬だけの順位。
ある期間だけを切り取った実績。
その数値自体は
紛れもない事実かもしれない。
否定するものではないかもしれない。
でも、
その「事実の切り取り方」ひとつで、
受け取る側の印象はまったく
変わってしまいます。
同じ数字でも、
どの期間を取るか、
何と比べるかで、
まるで別のものに見えてしまう。
私も仕事の中で
権威を扱う場面がありますが、
そのときはかなり
細心の注意を払っています。
事実に基づいた権威は、
とても強力な武器になることを
知っているから。
商品を購入する判断を助け、
信頼を築いてくれる。
でも…
使い方を間違えると、
助けるどころか混乱を招いてしまう。
信頼を築くはずの数字が、
逆に信頼を壊してしまうことすらある。
だからこそ、
権威は「見せ方」以上に「扱い方」が大切。
数字を出す側にも、
受け取る側にも、それぞれの責任がある。
と思っているんです。
数字の裏側にある、見えないもの
ただ、
ランキングには
ランキングの役割が
あるとお伝えした通り、
数字そのものに、
価値がないとは思っていません。
その中でも特に、
コツコツ積み上げてきた
数値をランキングにすること
その数字を可視化されることは、
とても素敵なことだと思います。
だって、その数値の裏側には、
数字では見えない、
その人自身の想いがきっと詰まっているから。
どれだけ頑張っても、
どれだけ気持ちを込めても、
一日に積み上がる数字はひとつだけ。
でも、
その一つひとつの数字には、
書き続けてきた時間があります。
誰かに届けたいという想いがある。
うまく書けなかった日も、
それでも投稿した日も、
反応が少なくても続けた日も、
全部そこに重なっている。
その地道な積み重ねの中にこそ、
その人らしさが宿る。
そういう積み重ねは、
ランキングには現れにくいもの。
瞬間的に目立つことはないかもしれない。
でも確実に、
誰かの心には届いていく。
私は、
そういう数値のほうに惹かれます。
なぜなら、
そこにはごまかしがないから。
時間をかけて積み上げたものは、
簡単には崩れません。
これは紛れない
事実だとも思っています。
まだ見ぬ記事と出会うために
私の周りには、
まだ多くの人に
見つかっていないだけで、
心を動かされる記事が
本当にたくさんあります。
ランキングの上位に名前が出ていなくても、
読むと考え方が少し変わるような記事。
知らなかった視点をくれる記事。
何気ない日常を
丁寧に切り取っていて、
読んだあとに
新しい視点を与えてもらい
世界が明るく見えるような記事。
そういう記事が、
まだたくさんある。
これは憶測ではなく、
私は断言できます。
ランキングには載っていなくても、
誰かの心に届く言葉がある。
まだ見つかっていないだけで、
出会えたら宝物になるような記事がある。
一人が見つけて、もう一人に届けて、
その人がまた誰かに届ける。
そうやって、
記事が広がっていく。
それで番付に載る記事は、
とても素敵だと思います。
でも、
まだ見つかっていない記事も、
同じくらい素敵です。
ランキングという仕組みがあってもいい。
でも、それがすべてではない。
数値の魔力に
振り回されるのではなく、
数値の先にある「人」を見つめること。
ランキングの外側にも、
届くべき言葉はきっとあります。
そんな記事たちが、誰かの手によって、
一人、また一人へと届いていく。
ランキングに載った記事も、
ランキングの外側にある記事も
まだ見ぬ記事に出会うために。
私は、
そういう世界のほうが好きです。
さて…。
数値に宿る「魔力」に
目を奪われすぎず、
まだ見ぬ記事を求めて。
今日もまた、
Substackを巡ってきます。
最後までご確認いただき、
ありがとうございました!
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